私が四半世紀ぶりに日本の臨床に復帰した理由が震災復興支援の思いにあったことは別の場所に書いた(医学書院発行・医学界新聞 3129号—3134号「還暦レジデント研修記」。多くの方にお手伝いいただいたおかげで、妻(田中まゆみ)とともに、福島市は大原綜合病院に赴任したのは昨年5月のことだった。しかし、今回、よんどころない事情で福島を去ることとなった。世間に対し「復興支援」を宣言してから1年半しか経っていないのに福島を離れる残念な結果となってしまったのだが、その理由についてあらぬ噂を立てられても困るので、以下に復興支援の思いが砕かれるにいたった経緯を記す。

 

 妻と私が大原綜合病院を辞めた理由を一言で言えば、それは一連の信じがたい異常な体験にあった。中でも、辞める理由となった最大の「異常体験」は、「契約を巡る大原側の極めてアンフェアなマニューバリング」だったので、以下にその「手口」を紹介する。

  私たちが大原における一連の「異常体験」の第一に遭遇したのは赴任第一日目のことだった。入職に当たって示された契約書の年俸額が、採用時の約束より約300万円低い額となっていたのである。説明を求めたところ、「一年目は福島市から『研究資金』が300万円払われるので、合わせた総額は約束通りX万円。二年目からは給与の額をX万円に戻すから心配するな」との回答を得た。「それならそうと事前に説明すればいいものを」と思いつつ、「病院が人件費を節約することに協力できるのなら」という善意から、300万円低い額の契約書に判をついたのだった。

 ところが、いざ二年目になってみると、年俸が約束の額に戻されなかったどころか、「60歳以上の医師は毎年減俸することになった」という、事前には何も聞かされていなかった理由で、「X-300」万円からさらに60万円減俸するという一方的通告を受け、びっくり仰天することとなった。弁護士に相談したところ、「法的には、採用決定時の書類で約束されたX万円の額には何の意味もなく、私たちが入職時に判をついた契約書の『X-300』万円のみが有効なので争っても勝てる見込みはない」とのことだった。

 そもそも、赴任時の大原の説明に違和感を覚えたにもかかわらず「口約束」を信じて300万円低い額の契約書に押印したのは、大原への入職は大学時代の同級生である福島県立医科大学教授が斡旋した物だったからである。「立派な紹介者がいるのだし、あこぎなことをするはずはない」と、ナイーブにも信じこんでしまったのである。しかし、大原側に採用決定時の約束を守る意思がないことが判明した以上、私としては退職を決意せざるを得なかった。

 以後、大原との交渉に当たっては「約束を守っていただきたい。減俸には応じられない」とする姿勢を貫いた。あたかも私の強硬姿勢に折れるかのように、大原側は、私の年俸をX万円に戻すと通告してきたが、それと同時に、(何も交渉を行っていなかった)妻に対して「約束の年俸から600万円減俸する」とする一方的通告を行った。あらかじめ予定していた二人分の「節約額」を妻一人に「つけ回した」勘定である(ちなみに、契約条件を当事者の同意なく一方的に変更する行為は違法であると理解しているので、しかるべき措置を講じる予定である)。

 こんなことは考えたくないが、福島市が医師招聘のために用意した公的支援制度を、大原は、入職した医師達に約束より300万円低い額の契約書に判を押させる手段として、意図的に「悪用」したのだろうか? 福島市がこの制度を作った目的は医師招聘にあったはずだが、大原のやり方は、結果的に、私たちに「福島を去る」という、制度の目的とはまったく正反対の決意をさせただけに、「意図的に悪用した」疑いが生じること自体、福島市にとっては看過できない問題なのではないだろうか?

 大原で私たちが受けた経済的実害は年俸の一方的減額にはとどまらなかった。というのも、大原側のあたかも「支給金」であるかのような説明とは異なり、福島市からの研究資金は個人に対する「貸与金」であったからである。1年勤める度に3分の1が棒引きされる仕組みであり、大原の「虚偽」の説明を真に受けたせいで、残り2年分の約225万円(利子込み、夫婦合わせて450万円)を市に返済する義務を負わされてしまったのである(福島市が研究資金貸与制度を作ってさえいなければ、大原は約束通りの年俸を支払っていたはずだし、我々が450万円の害をこうむることもなかったと思うと、「罪作りな」制度と言わざるを得ない)。

 この間、私どもの契約を巡る交渉を差配した責任者は大原の理事長であったが、地元銀行の元役員という経歴の持ち主である。「銀行家は信義を重んじ、お金についてもクリーン」というイメージをいだいていただけに、大原における「異常体験」は私たちが銀行家に抱いていたイメージを一変させることとなった。たとえば、本来大原が払うべき年俸を市への借金につけかえたことについて妻が問い質した際の理事長の返事は、「あなた方が福島市から借りた金なのだから大原とは何の関係もない。さっさと自分で返しなさい。文句があるなら弁護士でも誰でも連れてきたらいい」というものであったのである。市に「返済」する450万円は、「銀行家にもいろいろな人間がいる」ことを学ばせていただいた、高い授業料だったと諦めることにしている。

  大原がした契約を巡るマニューバリングを描写するに当たって、本稿では「アンフェア」という言葉を使ったが、私たちの「異常体験」を聞いた人々の反応は、例外なく「それは詐欺ではないですか!」というものであった。「詐欺」の意図があったかどうかはともかく、「復興支援」の善意につけ込まれた感は否めないだけに、私たちにとっては、極めて後味の悪い体験となった。

 次回もまた大原における「異常体験」について紹介する。
この項続く) 

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